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「あなた」は、右半身をロストした状態でやってきた。「救助された」と形容するには、余りにも酷い状態で、君が背負って「運んできた」のだ。
…あまり荷物と変わらない状態だった。
「…コルテックスさん、一体。」
その「物」(者と言うべきか)を施術代に乗せた君は一言「助けたいんだ」と言ったのを覚えている。
「はぁ、こんな状態の人間…?をですか。どうするおつもりなんですかねぇ」
私にはお手上げですよ?と意を表するため両手をホールドアップし、首をかしげる。そこでようやく君と目が合いまして一つ「ジン、だよ。分かるかね・・」
ジン、あぁ昔スクールで有名だった彼ですか、えっ。と驚きの言葉を発すると「事故で、自爆してしまったみたいなんだ」と。
「…あなたはこの者、えーっとジンでしたっけ、彼をスクール時代大変気にいっていましたから、お気持ちはお察ししますが…だからと言ってどうするおつもりですか?」
「進化光線…」
進化光線、そう呟いて私の目を再び仰いだ君は本気だった。だからと言って、
「…まだ制作段階のEvolvo-Rayを、使うんですか」
Evolvo-Ray、通称「進化光線」。私と君で共同制作中のものだ。共同制作と言っても、ほぼ私の構想なのだが…資源等は君に借りたものばかりだから、なんの語弊も生じないだろう。
ほぼ完成に近い状態なのは確かだ。被験体に対して投与される薬品の調合もできている。いや、完成しているのだが、それは構想上だけだ。まだテストを一回もしていない。
ラッドにすら試していないそれをまさか「生身の人間」にやろうだなんて。そんな、
「ブリオ、今からどのくらい薬でこの者の命を繋げるか」
薬で?冗談じゃない。右脳はぐちゃぐちゃにつぶれていて、右顔面はドロドロ、眼球なんてあったもんじゃないだろう。何を考えているのか、というよりまだ生きているのか?疑問しかわかず答えられない私に対して
「…生き返らせる。すぐ施術に入ろう。準備してくれるか」
本気で言っているんですか?と言い返したくなったが、あえて反論を押し殺した。…あんまりにも君が泣きそうで、それでいて何か科学者としての限界に挑戦してみたい、という顔をしていたからだ。
私は(前者の意見は汲み取らなかったことにして)「わかりましたよ・・・ヒヒッ」と笑いを堪えながら言った。
さながら手術台はまさに工作室のようになっていて、部品から見てもまるで高性能なPCを作るような姿になっていた。私は君が準備で居ない間に、もはや生物学的に死を遂げている人体に薬物を注入し
「今のお前は完全体だ」という幻覚作用を起こさせる麻薬を打った。
心臓にニトログリセリンを直接投与し、鼓動を促す。一度動き始めた心臓から再び血液が送り出される。
幻覚を見ている脳からは、体全体に血液を循環させないといけないという命令が出ているに違いない。その結果夥しい量の血が右上半身から溢れ出ている。
とりあえず出血を抑えるための治療を行い、次にカスカスに焼け焦げた肉を削ぎ、右脳を摘出する。私だけみたら普通のオペだな、とこの生きた死体を目の前にする。
(凡人な医者ならできる範囲はここまでだなぁ)と思いながら手を離した。
「交代だ、ブリオ、あとはワシがやる。お前は機械の、準備を、してくれ」
そういう君の手にはプライヤやインパクトレンチ、スパナにボルトクリッパと、やはり人体に対して施行するとは思えないものばかりが見えて、このままここにいたら夢に出るな、とげんなりしながら部屋を出た。
Evolvo-Ray自体の調整はすぐに済んだものの、問題はCortex-Voltex―洗脳光線にあった。こちらも被験体投与薬物は私が携わったもの、本機に対しては全くアタックをかけていなかったため、わざわざ君の引き出しから図面を引っ張りだす羽目になった。
「終わったよ、ブリオ。なんとかなりそうかな」
そういって運んできた「ジン」と呼ばれたその者は、なんとも異形な様子で。さながら私より酷いな、ともはや人間ではない「あなた」を、そうだロボットだ、と私のフランケンシュタインの頭がひらめいた。
「こちらも準備は終わっていますよォ。助かるといいですねぇ、その方。いい部下にでもしますか?ヒヒッ」
「ジン」を高酸素体のチューブに繋ぎながら言うと、超高度計算機が「ジン」が生き返るまでの時間を計算しだした。--算出した数字を確認した君から「二年か・・・」と呟きが漏れた。
「二年ですか」
「うぬ…。Evolvo-RayもCortex-Voltexも完全に機能して、目覚めるまで二年くらいかのぉ…」
私はCortex-voltexの電源を入れて、光線の値を設定する。Cortex-voltexには「君の体は元気だよ」という強い幻術をかけてもらわなければならないのだ。
一度、Cortex-voltexを照射してみた。が心拍数、脳波、その他様々な数値も、どの値にも変化はなかった。なるほど、日進月歩か、これが二年かかる変化の量か。
そうとう大変なプロジェクトに変わりそうだなぁと、半ば溜息を付きながらそのデータを記録しておく。
次に照射したEvolvo-Rayも、原理は全く同じだからなにか反応あるわけでもなく、私は二度に渡って同じデータを書く羽目になってしまった。
「…ここからだな、ブリオ」
光線を浴びている「ジン」を見ながら君は、畏敬の存在を見るような、芸術を見るような、そんな表情をしていた。私は思わず目を細めた。
「二年後には私たちはヒーローですねぇ。ほぼ死人を生き返らせるなんて。これが知れたら「人間の道徳」とかいうやつに触れますね…ヒヒッ」
他人は人の倫理だ道徳だ、などと言って人体実験をひどく批判する。
それが「この世の常識」だというのを私は知っている。だからうんざりしていた。私の頭に刺さったボルトがひどく軋む。あぁまた他人が騒ぐぞ、って。
そんなことどうでもいいんです。私がしたいのは、要は実験。私は一体どこまでできるのか、私は一体どこまでやれるのか、私は一体どこまで異形になれるのか。
私を突き動かすものは「科学」と一括りにされているもの。私は私の哲学に、科学に従っているだけ。私は「人間」が「人間」を超越する姿が好きだ。
そそる、という言葉がぴったりだと思える。異形になって、社会から疎外され、苛まれ、その者が「人間であることを止める」瞬間がたまらなく好きだ。
なぜかと言えば、私も経験者だからだ。他人に疎外され、認められず、膨大な知識を「気持ちが悪い」と罵られ、自虐を繰り返した自分の脳が自分を壊そうとする人間の性―が私を科学者にし、人間であることを放棄させた。
だから自分の作った薬品を飲むことも、誰かの手下になることも、造作もないことである。私は「動物実験体」にもなり「使いやすい部下」にもなる。薬で容姿も、性格も、性別も変えてしまうことができる。「私は一体どこまで異形になれるのか。」つまり私は異形であり続けなければならない。
全くキチガイな考え方だと思う。しかし私はこれでいいのだ。こうして、君の「ジン」が私の力によって、姿が歪められていく様子が見れるだけで、私は科学者としてこれ以上ない喜びを感じる。
「…あと二年ですねぇ」
このテスターは二年後、どうなるのだろう。私のように気が違ってしまうのだろうか。それとも笑い声をあげながら自爆するような狂人になってしまうのだろうか。とはいえ、私が今抱えているのは純粋な「期待」しかないのだが。
「ブリオ、管理は任せていいな?」
君がそう私に問いかけたので「もちろんですよヒヒッ」と答えた。そこにしばらく沈黙が流れた。---のが気に入らなかったのか「お前は今なんの研究をしているのだ」」と君が尋ねてきた。
「他の人間ができなかったこと、ですねェ」
「ほう、たくさんあるが、なにを?」
「クローンですよ。クローン研究。」
方法を知っておきながら、倫理だ道徳だといって避けてきたもの、私にとってはあの程度のテクノロジーなどなんとでもない。だからこそ、私は科学者として、それに進化を望んでいる。
「その為の研究ですよ、ヒヒヒッ」
「見通しは立っておるのかね」
そうですねェ、と考えてみる。そうだなぁ、今の理論があっていれば、早ければ3年、4年程度にはできるだろうか。
人体にも、サイボーグにも対応できるようなとっておきの技術が… あぁそうだ。

「貴方の参謀をクローン化する頃までには、完成させておきますよ。ヒヒヒッ」

それはお前じゃないかブリオ、と気の入らない突っ込みをいただいたので、あぁそうでしたねと力なく笑ってみせた。

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コルちゃんとブリオがジンさんを拾って来た時のお話

2020/07/01 加筆
 

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